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雑な文章、メモ、記録。

しおり

 

二年生になったら履いても良い紺ソックス。くだらないことで友だちと喧嘩して、お昼休みに音楽室へ逃げ込んだ。なにかあるといつも、部室であるこの場所に来てしまう。グランドピアノの影に座り込み、お昼の放送を聞きながら泣き疲れる。音楽家たちの視線は熱烈だ。そのうち担任が探しに来て、職員室に連れて行かれた。牛乳は好きではないが、職員室で食べる給食は悪くなかった。

毎日提出する生活記録ノートには昨日眠れなかったことを書いた。担任からの項目には、「寝ようと思って焦らないこと」と一言だけ書かれており、その言葉を宝物にしている。しかし、わたしは不眠症ではなく、夜に起きていることが好きなだけだ。ギンガムチェックのパジャマを着ても眠れないふりをしたい。照明を消した部屋で小説を読みたいし、薄暗いリビングで朝方のテレビ番組の無意味さを眺めていたい。

 

体育館で授業があるときには学校指定の体育館シューズに履き替える。採寸して買ったのにサイズが合わず、気分が乗らない。いや、体育は短距離走以外苦手なので、体育館シューズは関係ないのかもしれない。休み時間に友だちに誘われるバスケットボールは楽しいが、ゴールから跳ね返ったボールで小指の骨が折れ、しばらくできそうになかった。

靴箱に上履きを入れ、体操着には似合わないローファーに履き替えたわたしは体育館シューズ入れの青い巾着を振り回しながら昇降口を出る。水飲み場の前で友だちを待っていると、地面から空までがぐるぐると回り始めて、これは目眩なんだろうか。どうしてここに居るのだろう、と思いながら真っ直ぐになるのを待った。心は健康なのに、自分がなぜ生きているのか、なぜこの場所に居るのか、昔からずっとわからない。

 

いわゆる優等生だが、一位になったことがない。英語のスピーチ大会に出ても、書道で銀賞を取っても、生徒会役員はできないし、金賞を取ったことがない。入賞した文化祭ポスターはメインビジュアルではないため、冊子のどこかに白黒で印刷されていた。いちばんになりたいが、目立つのが苦手だから良いのだと思い込むようにしている。実際、赤面症が克服できず、人前に立つことが怖い。いちばんになりたいわたしと目立ちたくないわたし、どちらも本物でどちらも否定できない。安全な場所に居られたが、いつも一歩届かないことが恥ずかしくて悔しかった。

膝丈のスカートが気に入っている。勉強は嫌いではない。しかし、わたしは自分にはないものに強く憧れている。趣味も違う、部活も違う、外見や性格もまったく似ていない友だちのことが羨ましい。その子のスカートは短い。ピアスを開けており、髪も染めている。先生や不良の先輩にガンを飛ばし、喧嘩をふっかけるのが日常茶飯事だ。一年生の頃から好きな男の子は運動部で、外でも廊下でも走っているのをよく見かける。教室でふざけている声が大きく、まるで目立つことを気にしていないように見えた。わたしは友だちや好きな男の子のようになれそうにないが、なるつもりもなく、自分とかけ離れた存在に対してただ憧れていたい。

校則は破りたくなかったが、"わたしではないこと"はしてみたかった。更衣室のロッカーの上に登って恋バナをする。あの先生、ロリコンで捕まったらしいよ。不要物は携帯電話と甲子園の雑誌とiPod。アイスクリームの買い食いが楽しくて、なかなか帰れなかった。流行りのものが好きなので、カラオケではドラマの主題歌を歌い、ゲームセンターではプリクラを撮る。お揃いはかわいい。着信音は恋愛ソング。梳いた髪が垢抜けない。少年サンデーが好きなのを秘密にして、ファッション雑誌を読むのが楽しい。ちょっとえっちな少女コミックは貸し借りをする。好きな男の子に挨拶されただけで胸が苦しい。放課後の陸上部の掛け声が良い。空き教室の教員用机の下に潜り込んで、内緒の話を聞いた。貸してもらったウインドブレーカー。クラスメイトの男の子と友だちカップルと四人で映画館へ行ったが、小説の方が好きだった。バレンタインデーのチョコはいつも渡せない。体操着に下着が透けると友だちに怒られるので気を付けないと。部活の後輩と手紙交換。レンタル落ちのCDを聴く。前の席の女の子のペンケースにはコンドームが入っている。ぶりっ子と言われるのがいやで口を悪くしてみるが、自我とのズレを感じる。友だちの好きな男の子はかっこよく見えてくるよね。香り付きのリップクリームとピンクの目薬。置きっぱなしの教員用ファイルにあったテストの点数一覧はよく見てから届けに行った。大縄跳びがこわい。ベランダの端でキスするときに不良が煙草を吸っている。泣きすぎて目が二重になってから戻らなくなって良かった。ルーズリーフに描いたイラストを五人で交換してファイリングする。振るとかちかち音がする日焼け止めの匂い。初めてリストカットしたらちゃんと痛かった。

"わたしではないこと"をして校則を破るとき、バレて怒られることを期待していた。結局、バレることはなく、わたしは優等生のままで居られた。友だちに合わせないと嫌われるから、喧嘩せずに楽しく過ごしたいから、ひとりになりたくないから。そんなずるいことばかり考え、他人に合わせることが得意になっていく。その代わり、自分の意志は心からも汲み取りづらくなっていった。本物は薄っぺらく、汚れており、間違いだらけの見せかけだ。担任に自首したら、友だちにチクったと言われ、嫌われてしまうだろうか。どうか優等生のわたしを突き放してほしい。

 

お気に入りの大きなぬいぐるみキーホルダーは良い表情をしている。スクールバッグの中身は空っぽだ。テニスコートの裏に忘れ物をしたが、どんなに探しても見つかりそうになかった。わたしはいつも泣いている。グレーのカーディガンの袖が濡れてみっともなくなっても、ずっと泣き止めずにいる。空っぽのスクールバッグにはハンカチなんて入っておらず、ぐしゃぐしゃになった顔をぬいぐるみキーホルダーに埋めた。顔が熱くなり、喉が渇く。いつかの水飲み場で水浴びしたら、涙の居場所がわからなくなった。今頃になって、ようやくわたしは制服を脱いだ。